朝は6時半くらいに起きたが外は雨。起きてからマーシャの母親とは会話が成り立たなかったが、気遣ってくれて、もう一泊しても良いよ、というような事を言ってくれたと思う。そして俺は、好意に甘えてもう一泊させて貰いますと伝えた。朝から雨に降られると自転車で走る気は起こらない。朝食にペロシキや紅茶などを頂く。
直にアレクセイとマーシャも起きて来て3人で話をした後、マーシャはハイキングの写真を見せてくれた。オムスクで泊めてくれたターニャと同じようにアルタイ山脈の写真だった。アレクセイとマーシャがハイキングを楽しむ人で良かった。自分のサイクリングが大変なのを理解してくれている。
雨は正午くらいに上がった。でも、俺は既にもう一泊をお願いしてあったので、もう一日休む事にした。アレクセイは自宅でプログラミングの仕事をしていた。俺は日記を書く。
数日前に泊めて貰ったエカテリンブルグに住むセルゲイから、この映画を見て欲しいとあるファイルをPCにコピーしていたのだが、それを3人で観る。
最初は宗教の偶然の話。次はニューヨークで起きた同時テロの話。次は金融関係とかで発生している様々な偶発的な出来事。全てがロシア語だったので、俺には何を言いたいのか皆目検討が付かない。全てが何かのドキュメンタリ映画やニュースからのコピーで、全ては切り貼りで作られたように思えた。
でも、アレクセイはその映画を見た後で、NYの同時テロは米国政府が仕組んだ仕業だろう、と言った。映画の内容を見たら、そうなるのかも知れない。誰が誰の為に作った映画なのか。もしかしたらタリバンが作ったものなのか、俺にはその方が気になった。
映画の途中マーシャは教会の牧師の誕生日カードに日本語でお祝いの一言を書いて欲しいと言うので、在り来りだったが「お誕生日おめでとうございます」と記した。
映画の後は、メールを返信したり、明日以降の地図を確認したりした。モスクワまでの距離は1680キロ位のようだ。モスクワからラトビアの国境まで約800キロ。合計約2500キロを23日間で走ればいい計算だ。頑張って走れば、ラトビアに抜けるまでの全行程を走り切れるかも知れない。
今日は一日中を家の中で過ごす結果になった。夜の10時位に家族から電話があり、明日はアメリカ独立記念日の祭日で、知人の小山さん宅に呼ばれているとの事だった。
夕食はマーシャの母親がサラダ、ポテトや魚の料理を作ってくれた。色々な話が止まらず、結局寝たのは午前2時を過ぎていた。
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