夕べは日記を書いていたら11時過ぎになってしまったので電灯を消して寝た。予想に反して部屋の中はそれ程冷えなかった。寝袋の中は暖かかった。朝7時くらいに目が覚めたが、このまま起きて外に出たら番犬が騒ぐと思って暫く待ったが、誰も外に出た気配がしないので7時半くらいまで横になっていた。しかしこれ以上は待つべきかと思い片づけて、8時過ぎに小屋を出た。本当なら隣のカフェで朝食を済ませたかったが、俺が小屋に泊まっているのはカフェの人達には何も言ってないようなのと、夕べのその人達は一人も居ないので、そのまま発つ事にした。町の中は結構な人出だった。
幾つかのカフェを見つけたが、どこも気に入らなかったので通り過ぎる。風は冷たく向かい風だった。昨日の風は奇跡のように思えた。未だシベリアに夏は来てない。昨日見た沢山の昆虫はどこへ行ってしまったのか。今日は皆無だ。おまけに町の向こう側には黒い雲が見える。雨が降らなければと願っていたが、雨の粒が顔に時々当たるが、とりあえず昼食までは大丈夫だった。
長距離列車を見るたびに、あれに飛び乗れたらどれだけ楽なのかと思う。どうして自分はこんな事をしているのかと思うようになる。行き交う人の表情は硬く、応援してくれるには程遠い目付きの人が多かった。
それでも時々トラックの運転手などがクラクションを鳴らしてくれる。それが唯一の自分への励ましで、クラクションを鳴らしてくれたトラックが通り過ぎると俺は目一杯手を上げてみせる。全部で60キロくらいある自転車に乗りながら右手を高く上げるのは大変だが、せめてそれ位の返事はしたかった。
汗をかいているので水を飲むために自転車を止めるのも面倒なくらい風が強い。Google のPicasaの写真集で、俺の笑顔しか見てない人には想像できない事だろう。朝食は朝の10時45分位に見つけたカフェに入って取る。お決まりのボルシチ、玉子焼き、パン、紅茶など。ご飯も注文したつもりだったが出てこなかった。注文する際に3回位確認しないといけないかもしれない。カフェの中には乗用車を運搬するドライバが3人居たので、どこでシャワーを浴びれるか聞いたが、返ってきたロシア語の返事を俺は理解できなかった。
カフェを出て暫く走ると悪路になり、舗装されている区間は僅かだった。一度、二人組みの乗用車に止められ写真を撮ってくれた。自分のやっている事に対して価値を見出してくれる人達がいるかと思うとありがたいことだった。
午後2時くらいに見つけたある駅に近いカフェで昼食をと思い、自転車をカフェの中に入れようとすると駄目だと言うので、先に進むと直ぐにもっと大きなカフェがあった。そこでは自転車をカフェの中に入れても何の文句も言われなかった。そしていつもの料理を注文する。
昼食を終えて走り出すが、相変わらず風は冷たく空は曇っている。今日は風と悪路の為に未だ45Km しか走ってない。しかし悪路は当分続いた。でも、ある町を過ぎると、また以前のように良くも悪くも無い道路になった。そして一部は新しい舗装の区間があった。そんな道路はやっぱり走りやすい。
そして道路は線路の隣を走ることもあり、ある時、線路の整備用と思われる一両だけの機関車が俺に汽笛を鳴らしてくれた。俺は手を上げて大きく振ると、それに答えてくれるかのように何度も汽笛を鳴らしながら去って行った。それから5分後くらいには長い編成の貨物列車が通り、さっきと同じように機関士は俺を見つけて何度も汽笛を鳴らしてくれた。また、通り過ぎるトラックの運転手はまるで列車の機関士と申し合わせたようにクラクションを鳴らしてくれている。とても嬉しかった。こんな風の強い日には特に嬉しかった。
悪路を過ぎ今日の走行距離は80Km 位になった所で、先方に一面黒い雲が見えるようになった。雨の粒が時々顔に当たるようになったのと、今日は疲れていたので次のカフェかガソリンスタンドでテントを張りたかった。
暫く走るとカフェが出てきた。カフェの大きな駐車場の外れには工事の人達が居て、そのうちの一人にテントを張りたいと言ったらOK してくれた。どこにテントを張ったら良いか空き地を見てみると、どこも大丈夫なのだが、雨が近づいているので屋根が欲しかった。物置みたいな建物があったので、その中に寝ても良いかと聞くと、その物置の隣の小屋の中に寝たら言いといってくれた。ありがたいことだった。カフェで夕食を済ませて小屋の近くに戻ると、全部で6人くらいの人がまだ仕事をしていた。
疲れていたはずだったのに、夕食の後、夕立は去ったのと、小屋に泊めてくれるのが嬉しかったので、俺も少し砂利を運んだりスコップで地を均す手伝いをした。欲を言えばこの後、風呂にでも入りたかったが仕方ない。でもどこで入れるか分からなかった。この小屋には一人の老人がいつも寝泊りしているようで、その人はソファに、俺は荷物が乗っていた少し高い位置にあるベッドのような台の上に寝る。風呂に入りたい。頭を洗いたい。小屋の中には蚊が飛んでいる。一匹だけなら良いが、もし何匹も居たら明朝には大変な事になっているかも知れない。
皆は作業を夜の10時位に終えて、今は11時だがやっと暗くなり始めた。老人はペチカに火を灯してくれた。昨晩は寒くなかったが、今日の天気でも今晩はペチカがあるので大丈夫だろう。小屋に泊まることを許してくれた作業の親分と小屋の番人の老人は、俺の自転車を物置の中に入れてくれて鍵も掛けてくれた。小屋の隣にはバーニャの壁だけの部分が出来上がっていて、作業の親分は、もしここにもう一度来ることがあったらバーニャに入ったら良いと言ってくれた。誰も皆優しい人ばかりだ。