朝は6時15分位に目が醒めたが少し横になっていて、6時45分位に起きて準備を始める。走り始めたのは8時くらいだった。ゆっくり片付けてテントが乾くのを待ったが、時間が掛かりそうだったので切り上げて片付けてしまう。
少し走るとカフェがあったので玉子焼きやマカロニ、ケフィール等いつもの食事を取る。朝食を食べ終えて走り出したのは9時過ぎだった。道路は良かったが、直に今までのような道路になった。でも、ウファに向った時のようにクラクションを鳴らして走り去るトラックは少なかった。今日は数台だけが鳴らして行った。
昼過ぎにカフェと修理工場が並んだ所を過ぎる。そこで牛乳、オレンジジュース、魚の缶詰などを買って食べる。またレジの人は計算間違いをしたのか、少し高い値段だったような気がした。食べている間、テントを開いて干した。そして午後1時半位に走り出すが、今日は暑かった。そして、午後2時半か3時位だったか、店が沢山並ぶところへ出た。
昼前にあるカフェの外に居た人に、水が欲しいと伝えると、カフェの中に行け、と言うので中に入ってみると、ウェートレスは怪訝な顔をしたが、外で話をした人が直ぐに入ってきて、俺の水筒を取って水を入れて来てくれた。何とありがたいことか。その礼にとその店で何かを買って出た方が良いと思ったが、何故か気が進まずそのまま出てしまった。
カフェの前の階段に腰掛けて居る人に水が欲しいと伝えると、裏にあったバーニャの入り口に連れて行ってくれて、水道から威勢良く出る水を俺の水筒に入れてくれた。水筒から溢れた水を見て、シベリアの村々では水がどれだけ貴重だったかを思い出した。こぼれ落ちる水が惜しいくらいだった。そして俺はその人に断りもせず、顔を洗わせて貰った。水は程よく冷たくとても気持ちよかった。そして俺は生き返る思いがした。
カフェの前に戻ると、カフェのウェートレスや職員がアイスクリームを食べていたのが目に留まる。彼女達のカフェに入って、てっきりそこでアイスクリームを売っていると思ったら、売ってなかった。店の並びで売っている、と言っていたが、店が沢山あってどこから当って良いか分からない。 где?(グジェ、何処?)と聞いても、返事を理解できそうな場所では無かった。それでも、どこかに無いかと思って自転車を押しながら辺りを見ると、インターネットカフェが替わりに見つかった。でも、明晩はカザンのティムールの家に泊めて貰える事になっているので、そこでメールを確認できるので入らなかった。人里から離れているので、インターネットは低速のモデムなのだろうか。それとも携帯電話の速い回線でもあるのだろうか。
幾つもの店を覗き込んで、遂にアイスクリームを売る店を発見。まるで童心に返ったようだった。それにしても暑さは厳しく、一つのアイスクリームでは満足できない。回りでは、デザートを立って食べる人が多かったので、俺も倣って店の並びの端の方の店で、デザートを頂くことにした。
ケーキと紅茶を買ったのだが、アイスクリームと同じ値段。15ルーブル。安過ぎる。得をしたような気分だった。アメリカのデザートは何でも砂糖が多く入っていて特別甘いので、きっとロシアのデザートも同じように甘いのだろう、と思ったら大間違い。ケーキを一口食べてみるとガッカリ。白く見えたのは甘いココナッツではなく米だった。俺はココナッツが嫌いだが、こんな暑い日には只のカロリーと思って食べておいても良いだろうと、思って口に入れたのだが、値段のとおりの食べ物だった。そして食材の味をうまく出している、という言葉が適切なほど、質素な味だった。でも、その店では沢山の人が買い求めているので、恐らくそういう味のものなのだろう。愛想の良い婦人が二人で店番していたのだが、カザフスタンという言葉だけが分かった。彼女達がカザフスタンから来ているの、それとも俺が買い求めたデザートがカザフスタンの食べ物なのか。恐らく後者だろう。
暑い中を走り出す。すると後輪の空気が少なくなっているのに気付いた。またパンクかと思って自転車を横にして、ホイールを外し、空気を抜いて、チューブを取り出す。そして、空気入れで空気をチューブに入れてみると、ウファで修理したはずの箇所から空気が漏れている。面倒なので、チューブを新しいものに替えた。チューブの入れ替えは面倒だが、それよりも熱くて参った。温度計では華氏90度近かったが、もっともっと厚い感じだった。
距離は延びない。暑さのせいで少し走っては休み、少し走っては休む。先の休憩した場所でバナナを6本買っていたので良かった。それを休むたびに一本食べる。
夕方は、また夕立になるように灰色の低い雲が西から足早に流れてくる。日中、あれだけ暑くなるのだから当たり前なのだろう。小雨が振り出したので、カフェの並びにあったテントの下に駆け込んだ。すると雨は直ぐに通り過ぎていった。
暑さは収まらず、やっと午後8時位に収まってきて走りやすくなった。家族から9時半くらいに電話があったが、未だ寝る場所を決めてなかったので、1時間位してからまた電話してみて、と伝え、また走る。
それからは追い風になった。夕立と思ったが、前線だったのか。それから距離が延びた。気温が下がり、道路は乾き、走りやすい。
ある所でカフェとホテルが一緒になっている建物を見つけ、テントを近くに張らせて欲しいと言うと、ここはホテルだからホテルに泊まりなさい、と言う。ホテル代を聞くと900ルーブル(約38ドル)。渋っていると、500ルーブル(約20ドル)でも良いと言ってくれた。俺はそれでも断って、外でどこかテントを張れる様な場所を探す事にした。
АЗС(ガソリンステーション)の空き地だったらOK と言ってくれたが、空き地なので自転車を隠す事が出来ない。仕方なく、道路の反対側に行って、タイヤの修理店の前に居た二人に修理小屋の中に泊めて貰えないかと聞くと、二つ返事でOK してくれた。何とも人の良さそうな二人だった。兄弟だったのかも知れない。トラックのタイヤを主に修理するようで、多きなタイヤを取り外す事が出来る装置や空気を入れるコンプレッサーが置いてある。
二人のうちの年配の人は直ぐに紅茶を入れてくれた。そして、そこのテーブルにあったクッキーも食べなさいと差し出してくれた。俺は先のカフェとホテルが一緒になっている所で既に夕食を済ませていたが、嬉しくて沢山頂いた。
その建物の隣では、堀があって工事をしていた。ウズベキスタンから仕事に来ている、と言っていた。工事といっても近代的な建物ではなく、ブロックを積み上げて僅かに鉄筋を入れて壁を作っている。地震の無いところの建築だ。
タイヤの修理店の小屋の中に自転車を入れ、そこにグランドシートを広げ、マットレスを敷いて寝る。ケメロボのウラジミールからSMS が届く。気を付けるようにとの事だった。屋根の下に寝られるが嬉しかったが、ケメロボを発って一ヶ月になるのに俺を気遣ってくれるウラジミールのたった一言のSMS は非常に嬉しかった。