2008年5月16日 (20日目)M55, 90Km




数日前まで居たハバロフスクでは、インターネットを自在に使えたわけではなかったので、アップロードする写真が溜まっていた。

でも、セルゲイの自宅には早いスピードのインターネットがあったので溜まっていた写真を昨晩アップロード出来た。しかし、あまりにも量が多かったので夕べは全部をアップロードできなく、残りを今朝起きてからアップロードした。

セルゲイの家は8時位に出る。外は寒く摂氏0度だったが先に進まなくてはならない。セルゲイは仕事場にバスで向うと言う。家の前にはバス停があった。セルゲイと別れる。

別れる前にM55 の幹線道路への行き方を教えて貰っていた。街を北上して、西に向えばそこから南西方向に延びているM55を使ってウランウデ(Улаан-Үдэ)の方角に向う事が出来る。

(左上:セルゲイ) (右上:街中から出て幹線道路を進む)

ウランウデまでは二つの幹線道路があって、北周りと南回りがあり、チタに来る前はどちらを回って進もうか迷っていた。でも、チタに来る前に決心は付いていた。それが例え遠回りになってしまったとしても、大きいほうの道路、M55を進む事にしていた。

ハバロフスクで5泊、電車内で2泊、そしてセルゲイの家で1泊。俺は1週間以上自転車に乗ってなかった。向かい風がひどく冷たく最初の数時間はほとんど進めなかった。久しぶりに乗る自転車は、怠け癖の付いてしまった俺には厳しかった。

チタの街の交通は結構な量だった。乗り合いバスが多く走っていて、道路右側の停留所に頻繁に止まるので神経を使った。幾つかの大きな交差点を超えて、進むと明らかに道は北に向っていた。俺が進まなければならないのは西なのだが、詳しい道路地図が無いので標識のとおりに北に進む。

昨日もそうだったが砂埃が凄い。基本的に風が強いので、砂も小さなゴミも宙を舞っている。街の中心から外れると、交通量もバス停の数も極端に減った。そして、大きな交差点で道は左、西に向けて進んだ。しかし、風の向きは北西からだったので、向かい風には変わりなかった。でも、ウラジオストックから陸揚げされたと思われる車両を輸送する台数は増える。只単に一般車両が減ったのかもしれない。

昼まではあまりにも向かい風が酷く、自分は地の果てに向かっているような気分になった。というのは、向かっている方向の雲は重く黒く、この向かい風の音は序奏曲に過ぎないよ、と言わんばかりに思えた。

汗を以前のようにかいてないので喉を潤すことも無く、あまりにも風が強く一度休憩をしたら動き出すのが大変そうなので自転車を止めて何かを食べようとも思えなかった。

(左上:連邦高速道路M-55、バイカル --- イルクーツク --- チタ)


でも、汗をかいてないとは言えエネルギーの補充だと必要と思い、鉄橋の下で風を避けながらハバロフスクのマーシャ達に買って貰ったチョコレートを食べる。風は遠くからゴミを運んできて、葉っぱ一枚無い木の枝に留まっている。そして家畜の為と思われるフェンスもゴミが溜まっている。今は春。雪は全くないが、もし冬だったら毎日がブリザードなのだろう。シベリアの冬は想像を絶するものなのだろう。

(左上:木の枝にはゴミが留まる)

道は緩やかな登り下りが続く。あるところで貯水池のような池の横を走る。当然、池の水は波立って白くなっている。写真を取ろうと思ったが、カメラをフロントバッグから取り出しただけで、バッグの中から物が飛んで行きそうなので出来ない。

暫く走ると右側の離れたところに民家が綺麗に並んでいる集落があった。俺はその近くにあった店で水やお菓子そしてラーメン等を買う。


道は追い風に変わると、坂道を登っていても楽だった。そして風は強いがハバロフスクに入った日のような冷たい風ではなかったのが救いだ。そしてチタからイルクーツクに向うM55の幹線道路ははM60とは違って、村は避けて造られていたので、村を通る機会が減ってしまった。村を通れば店を見つけられる可能性があるが、村を通らないので店を見つけられない。もし村に入っていって、もし店が無かったら無駄足になるので、いつも躊躇した。


夜7時、まだ明るかったがこの先に進んでも、どれくらい先に村があるのか分からないので、道端に止めてテントを張る。今日は結局90キロくらい走った。道路から50メートル程離れた場所に、ケーブル敷設のために掘られたと思われる側溝が道路と平行しており、その砂の山の裏側に自転車が道路から見えないように倒して、その側溝の中にテントを張った。午前中にある店で買ったラーメンがあったので助かった。それをハバロフスクで買ったキャンプ用のストーブでお湯を沸かして食べる。民家から離れ、文字通り野原でのキャンプはこのサイクリングで初めてだ。丘の上には紫色に見える花が咲き乱れている。


(右上:丘の頂上付近には紫色の花が見える)

側溝は深さが1.5メートル程あって、出入りは不自由だったが、その中では風を殆ど感じなかった。側溝の幅はテントの幅と同じくらいで少し窮屈だったが、できるだけ平坦な場所を選んでテントを張る。

心細くはあるが、それよりも心配なのは明朝起きた時に自転車が盗まれずに無事にあるかどうかだ。

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